
リーガルの歴史は、そのまま日本の靴の歴史でもあります。
1870年に東京・築地に日本初の製靴会社「伊勢勝造靴場」を設立した実業家、西村勝三氏らが中心となり、1902年に設立されたのが現リーガル コーポレーションの前身「日本製靴」でした。翌年、東京・千住に工場を開設し。同社がいまなお得意としているグッドイヤーウェルテッド製法を導入するのは、その12年後のことでした。
いっぽう、米国で1880年に設立されたシューメーカーの「L.C.ブリス&カンパニー」が1902年、「リーガル・シュー・カンパニー」と改称。さらに同社は1954年に「ブラウン」社と合併します。そして1961年、日本製靴とこのブラウン社が技術提携したことで、リーガル・ブランドが日本デビューを飾ったのです。
当時の日本はアイビーブームの真っ只中。そこで、リーガルは日本上陸を果たしたのとほぼ同時期に誕生した「VANヂャケット」とジョイントするのですが、これが爆発的な人気に。靴は靴店で買うものであった当時にあって、VAN REGALは靴と服をトータルファッションとして提案したことが、多くの人々の心を捕らえたのです。
1970年には東京・八重洲に「REGAL SHOES」がオープン。これはリーガルの直営第1号店であり、日本におけるシューズブランドの最初の本格オンリーショップでもありました。米国のリーガル・シュー・ショップに範を求めたアイビー・テイストのインテリア、ショップスタッフによる親切丁寧な接客、そして充実した品揃えにより、同店はビジネスマンを中心に多様な層を顧客に取り込み、リーガルの知名度をいっそう高めることに貢献。やがて多店舗展開とともに、人々のあいだでリーガルは高級紳士靴を象徴するブランドとして広く認知されていきました。また、スポーツアイテムの一大ムーブメントや、アウトドアブーム、デザイナーズブランドの人気など時代とともに変化するファッションを、リーガルは足もとから支えてきたのです。
1990年、「リーガル コーポレーション」と改称され、日本製靴の創業から100年目の2002年からブランド再構築が図られることに。これはアメリカントラッドのイメージに固執することなく、時代性とニーズに柔軟に対応し、グローバルスタンダードへの移行・拡大を目指すブランド戦略でした。ブランドロゴなどを変更して新しいイメージを打ち出し、海外から取り寄せた最先端のパーツや素材などを積極的に使用。イタリアンシューズのデザインまでも取り入れて、果敢に新境地を切り開くことでブランドを進化・発展させることに成功したのです。
一度、大きな成功を経験し、自己のスタイルを確立してしまうと、そこから抜け出すのに大変な勇気がいるものですが、現在のリーガルに迷いはありません。過去の栄光に甘んじることのなく、永遠のチャレンジャーであり続けること。この姿勢こそが、リーガルをゆるぐことのない日本トップのシューブランドたらしめているのです。
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| U.S.A.リーガルの広告。(1904年) | リーガル・ブランドが日本デビューを果たした年の最初のカタログ。(1961年) |
大ヒットしたVAN REGALのアイコン的モデル。手前からウイングチップ、サドルシューズ、コインローファー。(1964年)
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| 1971年の発売以来、仕様も木型もほとんど不変のまま継続展開され、昨今、アメトラ・ブームにより人気復活を果たした名靴「サドルオックスフォード」。(1971年) | 写真はREGAL SHOES会員誌。1987年にスタートした会員誌を通して最旬のライフスタイルを発信していた。現在ではセレクトショップが得意とするスタイルだが、リーガルは80年代から行っていた。まさに時代を先取りをしていたといえるだろう。(1987年頃) |



