つくる女性

WOMEN MAKE

リーガルのものづくりへのこだわりと信念。
同様に心を込めて、それぞれの作品に向き合う女性をご紹介します。
ものづくりへのこだわり、ファッションへの考えなど、そのライフスタイルについて語っていただきました。

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第15回 ガラスペン作家 藤田素子さん

軽井沢の工房で私たちを迎えてくださったのは、ガラスペン作家の藤田素子さん。主宰するガラス工房「tetohi」の拠点を東京から軽井沢へ移したのは、ガラスペンの製法を学んだ地、ドイツのラウシャと風土が近しかったことも理由だそうだ。

早速、ガラスペンの製作風景を見せていただいた。ガスバーナーから吹き出す炎に色鮮やかなガラス棒をくぐらせれば、炎に包まれたガラスが刻々と形を変えていく。左手を小刻みに動かし、右手はプレスするようにして軸がつくられた。火の玉のようなガラスがぐにゃりとつぶされ、パーツとパーツがつながっていく。火の温度を足踏みペダルで調整しながら、感覚を頼りに細かく動かされる両手。複数のパーツをつないで軸をまっすぐ仕上げることは非常に難しく、ひと月に仕上げられる本数は20本が限界だ。

彼女の手と火が生み出すガラスペン。一目見て、その美しい色味とやわらかな造形に惹きつけられる。
「材料や機械は、すべてラウシャから届けてもらっています。美しい発色の中に、素朴さも持ち合わせるラウシャ産のガラス。その魅力を活かした作品をつくりたいんです」
ラウシャのガラスはやわらかく加工が難しい中、バーナーワークでの製造にこだわっている。例えば「小川」を意味するドイツ語で「Bach(バッハ)」と名付けられたペンは、川の流れをそのまま掬い上げたようなゆるやかな曲線が美しい。どのガラスペンも手のカーブと自然になじむよう計算され、素晴らしい書き心地だ。
「持ち方や手の形によってしっくりくるペンが違ってきます。必ず試し書きをしていただきたくて、通販は行っていません。最近はその方の書いている様子を見るだけで、どのペンがフィットするかがわかるようになってきました(笑)」

倉敷芸術科学大学で吹きガラスを学んだ藤田さん。倉敷ガラスの創始者である小谷眞三さんの器に触れ、自身も生活の中で使われる道具をつくりたいという思いで進学した。卒業後は高校の工芸科でガラスや陶芸実習の指導をする職に就いた。
「でも、選んだ仕事に自分は向いていないとすぐに気付いてしまいました。そんなとき、雑誌で見たドイツのラウシャの記事を思い出したんです。ラウシャは人口3,000人のうち約8割がガラスに関わる仕事をしているガラスの郷。とにかく、今の環境を変えたくて渡独を考えるようになりました」
2005年、単身ミュンヘンに渡り、語学学校に通いながらミュンヘンのガラス工房で修業を始めた。その過程でガラスペンの美しさに魅せられた後、ラウシャのガラス職業訓練校での修行が始まった。それまで外国人が一人もいなかった訓練校に入学できたのは、藤田さんの熱意と様々な縁が重なったからだそうだ。
「修行中、製作が上手くいかないときに『私には才能がない…』と先生にこぼしてしまったことがありました。先生は『才能がない人には教えていない。10年後には必ずできているから』と励ましてくれました。帰国後も先生の言葉を頼りにガラスペンづくりを続けていたら、先日お会いした時に『ほら、できているじゃないか』と笑顔で仰って…ずっと気にかけてくれていたこともうれしかったですし、あの励ましがあったから今があるんだなと本当に感謝しました」

ガラスペンをつくり続けて10年。ひとつの道具に全力で集中してきたことで、ガラスペンに関してはやりきったという気持ちもある。
「でも、この先も生活の道具をつくっていきたいという気持ちは変わりません」
工房に差すやわらかな日の光が、彼女の笑顔を照らした。

藤田素子 長野県出身
2002年倉敷芸術科学大学 ガラスコース卒業
2005年に渡独、ドイツ博物館ガラス工房(ミュンヘン)、
ラウシャガラス職業訓練校にてラウシャの伝統的なバーナーワーク技法を学ぶ
2011年より『 t e t o h i 』として作品発表をはじめる
https://www.tetohi.com