歩きたくなる道

歩きやすさを追求したリーガルウォーカー。
その一足を履いて、歩きたくなる道があります。
全国に点在する、味わい深く、散歩が楽しい道をご紹介します。

函館市 金森赤レンガ倉庫 時代の波を乗り越え、たくましく描き出された道 函館市 金森赤レンガ倉庫 時代の波を乗り越え、たくましく描き出された道

日米和親条約の締結によって鎖国が解け、静岡県下田とともに開港場に選ばれた函館港。
その後、西欧諸国との貿易が始まったことによる文化の流入が、函館の独特な景観を生み出した。
開国後、旧幕府軍を破り国内での覇権を確実にした明治政府は、函館を北海道開拓の前進基地と位置づけ、
函館港の近代化を推進。函館は、戦争特需や貿易、漁業等で財力をつけた商人たちが私財を投じて街づくりに取り組んだことで、近代都市として歩み始める。
歴史の表舞台に突如引き出され、独自の道を歩むことになった函館の街を歩いてみよう。

この道を知る

函館の象徴として人々を惹き付ける「金森赤レンガ倉庫」。この地で倉庫業をはじめたのは、初代渡邉熊四郎。大分県に生まれ、長崎と外国との貿易事業に従事していた人物だ。明治2年に函館へとやってきた熊四郎は、時代の流れから洋服の時代を確信して金森洋物店を開く。その後も明治20年に始めた倉庫業など数々の事業を多角的に経営し、商人として大きな成功をおさめた。熊四郎自身は、函館の発展に寄与した経済人「函館四天王」の一人として、学校や病院の創設、函館公園造成への多額の寄付など社会文化事業に私財を投じたことで知られている。
現存するレンガ倉庫は海運業の隆盛とともに大いに活躍したが、昭和の後半になると預かり荷物が減り、事業の転換が進められた。一方、レンガ倉庫の建築物としての価値は年月を経るほどに増し、観光客を集めるスポットに変貌したのだ。長年、函館の歴史を見守ってきた倉庫の壁にそっと触れ、石畳を歩き、函館に変化をもたらし続けた海を眺めたい。

この道を楽しむ

港を見下ろすように、真っすぐな坂が走る函館の街。坂を上りきって見下ろす函館の街は美しく、函館山からの夜景は世界的にも有名だ。西欧諸国の文化流入で、函館山のふもとは早くからにぎわいを見せていた。今も残るハリストス正教会、カトリック本町教会、キリスト教系の女学校が立ち並び、街の原点となった基坂には役所、市電が走る大通り(現在の電車通り)には銀行や商店が立ち並んだ。
歩く中で時折見かけるのが、和風の1階と洋風の2階が組み合わさった「和洋折衷住宅」という建物だ。高低差のある街では、建物が重なり2階だけが目立つ。つまり、街全体を洋風に見せることで、港から上陸する人々に街の近代化を誇示していたという説がある。函館の街は、港が舞台のホールのようだ。常に見知らぬ顔が行き交う舞台を見つめる観客は西洋文化を受け入れ、各々着飾って西欧諸国に対抗しようと懸命だった。独特な建物を見るたびに、時代に翻弄されながらもプライドを持って生き抜いてきた市民のたくましさが感じられるようだ。

この道を歩く

函館は地形的に強い海風にあおられやすく、非常に火事が多かった。幾度となく大火に襲われながら復活した街は、火に強いレンガ造りやコンクリート造りをいち早く取り入れて復興に取り組み、真っすぐで幅広い道を整備する。災害を乗り越えるたびに、函館の独特な景観が生み出されてきたともいえそうだ。広々としているが坂道が多く、時折石畳の道を歩くことになる函館散歩には、かかとにかかる力を推進力に変え、スムーズな一歩を踏み出せる「ウォークストライド®クッション」搭載のウォーキングシューズをおすすめしたい。

JR函館駅より徒歩15分。または、函館空港より車で25分。

この道を楽しむ

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2018 Fall & Winter

  • WINTER 歩きたくなる道 函館市 金森赤レンガ倉庫
  • SUMEMR 歩きたくなる道 福岡市 大濠公園

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2017 Fall & Winter

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  • FALL 歩きたくなる道 大谷資料館

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